島暮らしをしてみて…体験記:突然地方移住して4年、来年離島します!
那覇空港で飛行機待ちの時間にふと、
書いてみたくなったこと。
沖縄の離島に移住して、丸4年。
たくさんのことを学んで、吸収して、
そして、島を出ようと思っていること。
はい、わたし、4年住んだこの島を
来年の3月に離島します。
ちゃんと、明言して発信してなかったけど、
なんかいま、言いたくなったので、ここに記す。
5年住むことになるこの島、
住んでみて、思ったことと、
出ると決めていま、思っていることを
徒然なるままに残してみようと思う。
読んでくれる前にひとつだけ。
これは東京(都心近くの住宅街)出身、
実家暮らしから突然知り合いのいない
南の島に移住した
23歳から27歳までのわたしの視点です。
移住した1年目から4年間で
島に対する想いは変わった部分もあれば、
変わらなかった部分もある。
変わらなかった部分はやっぱ、
好きで素敵な島ってところ。
自然、お世話になった人、風、
ぱっと広がる景色、サイズ感、
面白い良い島だった。
沖縄、いやこの島の文化や雰囲気も好き。
移住1年目と4年目はイベントをちゃんとやれて、
とっても驚くことにこの島は
ほぼ毎週何かしらのイベントがある。
自治体でみたら、
もしかしたら他の地域もそうなのかもしれないけど、
離島だし、島で起こることは大体わかるから
それを全部把握することで
多く感じているのかもしれないけど。
特に旧暦のお盆に踊る旧盆エイサー、
儀間まつりがわたしは大好き。
1か月前から住んでいる地域の公民館で
踊りの練習が始まり、
太鼓の音が夜の町に鳴り響く。
夏の涼しい夜のなか、
みんながお酒を飲みながら本番が始まる。
それはほんとにご先祖様が地上に戻ってきて、
一緒に楽しんでる、そんな感じがする素敵な日。
見えないものを当たり前に信じたり、
本当に大事にしたり、
昔からの文化がちゃんと
日常の中で継承されていることも
私が好きなポイントの一つだな。
その旧盆エイサーの日
余興で民謡ライブをさせてもらった。
太鼓担当で叩いたり、歌ったり、しゃべったり。
こうやって、いろんなことにすぐに挑戦出来たり、
これ知りたいなって思ったら、
やっている人や、やっている現場をすぐ見に行ける
そんな近さも好きだった。
それはそれは貴重な経験を多分、
気付いてないことも含めてすごくたくさん
やらせてもらった気がする。
じゃあ、ここからは変わったことや
いま、思っていること。
本題の前に、ちょっとだけ思い出話。
とわたしの背景紹介。
私は地域おこし協力隊として、
高校魅力化プロジェクトの一員として
この島に移住した。
やる気と正義感に溢れるタイプのわたしは
この島のために何が出来るかな!
どんな想いを持った人がいるのかな!と
わくわくで
最終面接を受けるために来島した。
町長と面接するために
自費で航空券代を払って
初めて降り立ったこの南の島。
役場についたら、
まさかの町長は出張で
副町長との面接になった。
そこで言われた言葉、
「人口が一人増えるから採用!」
(まだなんも話してないのに…)
そのときは衝撃と不思議なテンションもあいまって、
困った爆笑をした気がする。
全部が曖昧だった、合格だったのか、
採用になるのか、連絡も全然来なくて、
書類も結局到着しなくて、
こちらから結果をきく電話をする始末。
わたしの役場への印象は「大丈夫か?」😂
(当時社会人1年目のわたしの生意気の批評ですが)
それでも仕事にわくわくしたし、
島暮らし、新しい挑戦にわくわくしたから
移住して就職。
そうやって始まったわたしの島暮らし。
最初の1年は知り合いがいないから、
仲良くならなきゃ!なんでも知りたい!
やってみたい!参加したい!って前のめりで
いろーーーーんなところに顔を出しては
たくさんお世話になった。
そのころ出会う島の人はみんなウェルカムで
突然やってきた小娘を
娘のように可愛がってくれたり、
行事に参加させてくれたり、
いろいろ話しかけて、気にかけてくれたり、
島の人の気質が優しくて温かくて、
野菜もたっぷりもらって、生かされた。
そのお陰で大好きになった島。
いまでも大好きなのは変わらない。
でも、わたしが島を出ようと思ったのは、
いろんな変化があったからだ。
それでも離島を決意した理由
まとめると…
- 都会の良さも知ったし、自分のこともわかった
- 島のサイズ感、雰囲気への感じ方の変化
- 島からたくさん学びきった
- 最後に…きっかけが出来た
なんか、これをまとめるのはやっぱ難しいな。
だから、やっぱりつらつら書いてみる。
島に来る前、
フィリピンの電気、ガス、水道の通っていないような
小さな小さな離島が大好きで通ったり、
滞在を繰り返すような学生だったわたし。
人口8,000人(当時)もいて、
コンビニもスーパーもあって
車が必要な島なんて「大きくて、便利すぎる!」
そんな印象で住んでいた。
(みんなに言ったら、
いやいや田舎すぎだろとなる島だよ)
都会の暮らしを当たり前として、
出会ったフィリピンの島暮らしは、
自然と人の繋がりと人間の生命力とを
いやというほど感じさせる原始的な生活。
それにすごく魅力を感じて、
都会の暮らしの違和感しか感じなくなった私。
都会を無表情で歩く人たちをみては、
「ひと」じゃない?って思うくらいには(笑)
そんな中の島暮らしは心地よくて、
風が通って、なんにもなくて、
ゆったりしてて理想的な気がした。
何年かして、
島暮らしがわたしにとっての理想から
日常へと変わった。
そしたらさ、
帰省したり、島外に出るのが楽しくなった。
それと同時に時間があるから、
たくさんの勉強を始めた。
日本のこと、政治のこと、
経済のこと、お金のこと、
食のこと、エネルギーのこと、
もうなんでも!(笑)
そしたら、見えたこともたくさんあって。
地域おこし協力隊をやりながら、
他の隊員との熱意や想いの差を感じたり、
町の方針のなさ、つくらなさ、曖昧さに
もやもやすることだらけだったり。
なぁなぁでゆるくて優しい、
そんな雰囲気が好きだったけど、
浸かりすぎたら、わたし、
そういうのじゃなくて、
きっちり、どんどん進んでいく、
泥臭く全力でみんなで力を合わせて、
みたいな高校の運動会みたいのが
好きだったよなぁってなった。
それでも、がんがん自分の中で詰めすぎて、
ぎゅーぎゅーになるわたしを
ゆーーったりな島や人たちが
緩めてくれることはたくさんあって、
救われたことも数えきれないけどね。
でも、やっぱ…
もっとがんがん生きていきたいし
外の世界もみたい。
島にいたらさ、
いい意味でも悪い意味でも閉鎖されてるから、
やっぱここが全てみたいな感じになっちゃうんだよね。
物理的に外に出たり、
外から来たばっかの人と話したりしないと、
「あぁーそうだった!
そんな世界もあったんだった!」
ってなれないからね。
だから、情報が集まり、人が集まり、
色んな競争の中で
「より良い」を目指す傾向が強くなる都会も
好きだなって。
この島は改善や前進みたいなことよりも
現状維持、波風立たない、平穏が強いと思うから。
入ってくる情報量が違うからこその
良い面と悪い面、
わたしは田舎の情報量が少ないところが好き。
でも、そっちに振り切ることは出来ないから、
住むところは田舎、でも都会からも近い。
(物理的な意味だけでなく)
そんな場所がいまのわたしにはいいかもな、と。
島にいる4年間、あと1年いれたら5年。
島民じゃん!(笑)と言われるくらいは
島に溶け込んで、島暮らしを堪能した。
島にいたら知り合いは数えきれないほどいるし、
大事な場所、想い出の場所、大事な人、
たくさんできた。
その人たちからたーくさん学んだわたしは
多分、もう少し
都会から切り離されていないところに行っても、
自分のまま、生きれると思う。
「あー、もういーっぱい楽しんだ!」
そんな感覚も大きいかな。
あとはやっぱ、
いろいろ勉強するうえで
「したい暮らし」を
するのがこの島では難しい。
自然環境という面では申し分ないけど、
国産品、無添加、健康、オーガニック、
こだわり、個人ブランド、地球に優しい
そんな食品や生活用品を求めたら、
手に入るものや選択肢はすごく少ない。
これに関してははっきり言って、暮らしにくい。
教育面からみた暮らし
教育面に関しても、
たくさんの自然があるのに別に活かされてないし、
子供たちのらしさを伸ばすような教育より、
画一的な指導的な教育ばかり。
これも選択肢が少ないっていうデメリットもある。
あとは競争が生まれない。
あとは多様性が少ない。
コミュニティが狭くて、ずっと同じ人間関係。
そうなると、
一人ひとりの奥深いところまでいったら
多様性しかないとしても、
それを発揮するような場面がない。
小さい頃のイメージのまま、
ずっとその枠の中にいるしかなくなる子もいる。
まぁ、こんなこと書いてるけど、
それら全部、別にこの島、場所、
環境だけのせいじゃないのもわかってるし、
それが悪いこととかでもないのもわかってる。
島のいいところも悪いところも
たーくさん言える自信ある!
重ねて言うけど、
私はこの島が好き。
だけど、いまのわたしにはちょっと違うみたい。
いまのわたしにとって住み続ける場所じゃないだけ。
そんなことをいろいろ思って、
いまは1年後に向けて、
大好きな島の最後の1年を楽しみきりたいし、
1年後に向き合う世界もとっても楽しみ!
最後の後押し
こんなことを思ってたわたしに
降ってきたきっかけ。
それは、助産師になる!という夢。
資格取得のための大学進学は
島にいたら出来ない(大学がないからねw)。
そんな想いとタイミングがぴったり重なった
わたしの離島の決断。
この一年なにをおもうか、
一年後なにをおもうか、
また時間が経ったとき、この記事を読みたいな。
以上、わたしの島暮らししてみて…体験記でした。